19 論理哲学論考


脇道堂書店 〜わたしの一冊〜編集者/柏子見

脇道堂書店_横長タイトル

語られうるものはクリアに語られうる‥‥この一言が、この本の「まとめ」の半分です。
りりしい文体であけすけに哲学を斬る、異質な目のつけどころが見どころの哲学の本、『論理哲学論考 』。
えらくシンプル。でも迷宮。解らないくせに、よせばいいのに“思い浮かぶ一冊”に浮かべてしまった本。
ぬるま湯のように眠けを誘う、番号のふられたそっけない断章が続き、そのうちに論理式とか出てくる始末。

もうダメだと、読み続けるのをあきらめかけたころ、
のぞみをつなぐ“目からウロコ”の一文に出くわして、“琴線”をわしづかみにされ、
にわかに目が覚める本です。

つまりはミーハーなファンとして、なんとかちょっとは解らんだろうかと何度かトライしてる本なのです。
いつか理解できたあかつきには、この本の文の無意味さが解るらしいのですが‥。
てっきりパズルが解けたとか思うこともあり、一喜一憂しつつ行ったり来たりしている本。
はきちがえてるのは百も承知で、すごく首肯いてしまうところがある本。

沈む夕日で薄暗くなり、文字も見づらくなってくるころ、
黙って首をかしげつつ閉じるしかない本。とはいえ、ともあれ、

せかいをはじめて見た気がした本。‥と、意味が有りそうで無さそうな、
ねごと(目は覚めてなかったみたいです。)でお茶をにごしつつ〆るつもりが、まだあと5行。
ばあたり的にトリビア的なことを、つけくわえ的にひとつ。

なんでも著者は手紙で編集者に、この著作は「書かれた」部分と、「私が書かなかったことのすべて」—
らんぼうに言ってしまえば、<語りえぬ沈黙>—の部分との「二つの部分から成っている」と伝えたそうです。
ないがしろにできない部分、より重要な部分は書かれなかった「この第二の部分」だとも。

いわぬがハナの姑息なネタで恐縮ですが、左端タテ一行がこの本の「まとめ」の後半分、かつ結論です。

2017.11.15
渡辺 聡

論理哲学論考/ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン著 (1921年)

公開日/2017年11月15日



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