06 東京物語


脇道堂書店 〜わたしの一冊〜編集者/柏子見

脇道堂書店_横長タイトル

罪な一冊。

もしもこの先、コピーライターになりたいと思う人に出会ったら、絶対に勧めたくない一冊。

奥田英朗著「東京物語」。
18歳の主人公田村久雄が、生まれ育った名古屋を飛び出し上京、大学生・そしてコピーライターとして奮闘する様子をコミカルに描いた作品。

ジョンレノン暗殺や幻の名古屋オリンピックなど、80年代に起きた実際の出来事も描かれ、中高年世代には懐かしく、若い世代もその頃を生きているような「時代の空気」を感じられる青春小説だ。

初めて読んだのは大学4年生。

名古屋の求人広告代理店に制作業(コピーライターに近い仕事)として就職が決まり、
残り少ないモラトリアム生活を満喫していた時期だった。
僕は小さい頃から得意だった国語の能力を活かせる仕事がしたいと考え、その道に進んだ。
作文が苦手・本が嫌いな人で、コピーライターになるバカはいない。
それだけでコピーライターになる事が一番バカだと気づくのはもう少し先の事だ。

奥田英朗著「東京物語」

そんな折出会った「東京物語」。
田村久雄が退屈な名古屋を離れて憧れの東京へ羽ばたいたように、
僕は愛媛を脱出し大都会名古屋(!?)で活躍する自分を想像した。
作者は実際にコピーライターとして働いてきた経歴があり、クライアントにせっつかれながら徹夜でキャッチフレーズを絞り出したりするリアルなシーンが、なぜか当時はかっこよく思えて、コピーライター職への憧れは日に日に深まっていった。
…人生を決める大事な時期に悪いものを読んでしまったと、つくづくそう思う。

そして大学を卒業後、意気揚々と名古屋に乗り込んできた僕だったが、訳あって半年足らずで「退職」という憂き目に遭う。
さぁ、この先どうするか。選択肢はたくさんあった。
名古屋で他の仕事を探す。地元の高知に帰って公務員を目指す。実家の個人塾を継ぐ。まだ22歳。いくらでもやり直しはきく。

そんな時、あろう事か、僕はもう一度「東京物語」を読み返していた。
作中、田村久雄はコピーライターとして日々死にものぐるいで戦っていた。
僕はといえば、まだ何もしていなかった。もう少し名古屋で頑張ってみようと思った。
半年間に渡る2度目の就活を経て、僕はオフサイドに転がり込んだ。

あれから7年。「東京物語」に導かれて、というより騙されてそそのかされて、飛び込んだコピーライターの仕事は、少しずつできる事が増えてきた。
文章は書けば書くほど下手になっていっているような気がするけれど、まぁ時間はまだまだたっぷりある。

物語の最後、30歳を迎えた主人公も『青春が終わり、人生は始まる』と言っていた。
彼同様、僕の30代も始まったばかりなのだ。

2017.8.2
弘嶋  賢之

公開日/2017年08月02日



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