01 点子ちゃんとアントン


脇道堂書店 〜わたしの一冊〜編集者/柏子見

脇道堂書店_横長タイトル

昔、年賀状のネタにしたこともあるので、ご存じの方もいるかも知れないが、
僕の一冊と言えば欠かせないのがこの「点子ちゃんとアントン」
ドイツの作家エーリッヒ・ケストナーの児童小説だ。

エーリッヒ・ケストナー作(1931年)

いつ頃読んでいたのかはっきりとは思い出せないが、多分、小学校低学年だったと思う。

お金持ちの親戚がいて、そこから定期的にお下がりの本がもらえて、その中の一冊だったと思う。
文庫本よりも少し大きかったから新書サイズなのだろうか。
紺色に白抜きのパターンの布で装丁が施され、小さいけど立派な本という記憶がある。

子供の頃なんて自分で買う本はウルトラマンや怪獣、仮面ライダーの様なヒーローものばかりなので、
他人から強制的にもらわない限り、この本と出会うことは無かっただろう。
本以外にも服とかオモチャとかもらっていた気がするから、
やはり持つべきものは、お金持ちの親戚である。

さて、肝心の本の中身だが、当時も思っていたが、やっぱり色々変なのだ。

そもそもタイトルがおかしい。
「点子ちゃんとアントン」
点子って何だ?日本人か?
この段階で、好奇心旺盛な少年のココロはわしづかみだ。

今では許されない差別用語も満載だし、他にも色々とツッコミどころは多いのだが、
そう、この本全体に言えるのは、なんというか翻訳のザラザラ感なのだ。

「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」でアラゴルン通称「ストライダー」を「馳夫」、
主人公の持つ剣「Sting」を「つらぬき丸」と訳したセンスに匹敵。
イメージはもう日本の武士、ちょんまげしか思い浮かばない。

多分、この当時の翻訳本って各外国語文学の研究者が訳していたんだと思う。
言い方は悪いけど、ドイツ語は分かるけど作家的センスは無い…みたいな…。
ちょっと前に流行ったシドニィ・シェルダンの「超訳」みたいな概念が無くって、
「直訳」以上、恋人未満みたいな「意訳」だったのだろう。

なんだか悪口みたいになってしまったけど、僕はいまだにこの本が大好きなのだ。
独特の文章もさることながら、挿絵のイラストもとても良い。
今見ても古さは感じられない。良いものには普遍的な魅力がある。

僕にとって、文章や絵の基準がこの「点子ちゃんとアントン」。

それは良い事なのか、悪い事なのかは分からない。
この本が名作なのかどうかという事は、どうでも良いのと同じで、
「点子ちゃんとアントン」は僕の血となり肉となり、今の僕をかたち作っていることは間違いない。
例えば僕という人間を説明しなければならないとすると、
幼少期に「点子ちゃんとアントン」を読んでしまった男なんだよ、と言うしかないのだ。

それ以上でもそれ以下でもない、でも唯一の本だと。

2017.6.16
柏子見友宏

公開日/2017年06月15日



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